ハエの脳を楽器にした。十数万個のニューロンで無限に音楽を奏でる「Music on the Fly」を作った(CloseBox) | テクノエッジ TechnoEdge

次は何を無限にしようか。そう考えていたら、人間の作曲家ではなく、ハエの脳に行き着いてしまいました。

電車の路線図には、どの駅とどの駅がつながっているかが描いてあります。けれども、電車がいつ、何本走るかは描いてありません。
脳の配線図も同じで、神経細胞どうしのつながりは記してあっても、信号がいつ流れたかは入っていません。そのショウジョウバエの配線図で音楽を鳴らし続けるブラウザアプリ「Music on the Fly」が公開されました。止まった地図に、どうやって時間を流したのでしょうか。

この記事の事実と数値はテクノエッジが2026年9月18日に公開した記事によります。

コネクトームに書いてあるのは、つながりとシナプスの数

コネクトームは、どの神経細胞がどの神経細胞へつながっているかを記した脳の配線図です。アプリが使ったのはFlyWireという国際的な計画のデータでした。

FlyWireでは、成虫のショウジョウバエの脳を薄く切って電子顕微鏡で撮り、AIと人の手でつながりを読み取りました。2024年にNatureで発表された配線図には、13万9,255個のニューロンが入っています。化学シナプスは5,450万個です。

つまり測られたのは、誰が誰につながっているかと、そのあいだにシナプスがいくつあるかです。ただし、どのニューロンがいつ発火したかという記録は、この地図に入っていません。

米粒ほどの大きさのそばに置かれた、びっしり絡み合った光の配線のかたまり
ニューロンに数を持たせ、つながりを通して次の値を計算する

まず、ニューロン1つ1つに小さな値を持たせました。そして次の瞬間の値を、つながっている相手の値とシナプスの数から計算します。これを休みなく繰り返すと、値の変化が網を伝わっていくわけです。

配線図そのものは動かないので、時間の流れはこの計算のくり返しが作り出したものでした。しかも計算はブラウザの中だけで動き、13万4,181個のニューロンと270万513本の接続を更新し続けます。

同じ光の網が左右に分かれ、左は静止し、右は線の上を光の粒が走っている
平方根で、太いつながりの独り勝ちを防ぐ

相手に大きな影響を与えるのは、シナプスが多いつながりです。ただし、その数をそのまま重みにすると、ごく一部の太いつながりが全体を決めてしまいます。

そこで、シナプスの数をそのまま使わず平方根をとりました。たとえばシナプス100個のつながりと1個のつながりなら、そのままでは100倍の差です。ところが平方根をとると10と1になり、差は10倍まで縮まります。

音符は作らせず、用意した11個の候補から選ばせる

ネットワークの値をそのまま音符につなぐと、音楽として聴き続けにくい並びになりがちだそうです。そこで音符そのものは、人があらかじめ用意しておくことにしました。

16小節のそれぞれの位置に、どれを選んでも崩れない候補を11個ずつ、全部で176個置いてあります。ネットワークは、その時点の値に応じて11個のうちどれを鳴らすかを選ぶだけです。

これは、サイコロで小節を選ぶと曲ができる「モーツァルトの音楽のサイコロ遊び」と同じ作りでした。つまり、ハエの配線がサイコロの役をしています。

本物の配線と組み替えた配線で、選ばれる音が変わる

では、わざわざ本物の配線図を使う意味はどこにあるのでしょうか。作り手は、乱数で作った網にはない偏りや、ぐるりと回る経路が、音の選び方の癖として出てくるのではないかと考えました。

そこでアプリには、比べる3つのモードがあります。

モード使う配線
本物のFlyWire実測された配線をそのまま使う
組み替えつながる先を入れ替えた配線
再帰なし信号がぐるりと戻ってくる経路をなくした配線

音楽のルールが同じでも、回路を変えると選ばれる音が変わると作り手は書いています。だから耳で聴き比べているのは、配線の形そのものの違いです。

画面の数値は発火の記録ではなく、モデル活動

作り手が念を押しているのは、ハエが作曲しているわけではないという点です。

部分本物か、作ったものか
ニューロンどうしの配線とシナプスの数実測されたもの
配線に時間の変化を与える数式作り手が作った人工物
外から加える刺激作り手が作った人工物
音階や和音への変換作り手が作った人工物

だから画面で動く値は、測定された発火や膜電位ではなく、モデル活動と呼んで区別されています。

まとめ
  • ハエの脳の配線図で鳴る「Music on the Fly」が公開された
  • コネクトームに入っているのは、つながりとシナプスの数。いつ発火したかの記録はない
  • 各ニューロンの値を、相手の値とシナプスの数から計算し続けて、止まった地図に時間の流れを作った
  • シナプスの数は平方根をとって使い、太いつながりの独り勝ちを防いだ
  • 音符は、人が用意した176個の候補から選ぶだけ
  • 本物と組み替えた配線とで、選ばれる音が変わる
  • 画面の値はモデル活動で、実際の発火の記録ではない

配線図が決めているのは、信号がどこからどこへ通れるかまでです。いつ、どれだけ通るかはニューロンの値を順に計算する数式が決め、何を鳴らすかは人が用意した176個の候補が決めていました。