私たちが「脳」と呼んでいるものは、2つの異なる器官の組み合わせだった――前後が別々の『種』から育つ - ナゾロジー

アメリカのスタンフォード大学(Stanford)などで行われた研究によって、ひとつながりに見える私たちの脳が、じつは前側と後ろ側で別々の「種」となる細胞から育っていることが明らかになりました。 言葉や思考を司る前側と、呼吸や心拍など命を保つ仕事を担う後ろ側は、脳の元ができた段階から別々の道を歩む、いわば2つの器官だった…

頭の中にある脳は、ひとつながりの臓器に見えます。ところが2026年9月18日、『Nature Neuroscience』に新しい報告が載りました。前側と後ろ側は別々の細胞から育っていた、という内容です。
外から見ても区別がつかないものを、研究チームはどうやって切り分けたのでしょうか。

この記事の事実と数値はナゾロジーが2026年9月21日に報じた記事によります。元になった論文は『Nature Neuroscience』に2026年9月18日付で掲載されたものです。

前と後ろで、担当している仕事が違う

脳の前側の前脳と中脳は、言葉や考えごとを受け持ちます。後ろの付け根にある後脳は脳幹の大半を占め、呼吸や睡眠、心拍を調節しています。仕事はまるで違うのに、見た目はつながった1つの臓器でした。

70年以上、1種類の種から育つと考えられてきた

そのため科学者たちは長いあいだ、脳ぜんたいが1種類の万能な「種」から育つと考えてきました。

この考えの元は、1952年のオランダの発生学者ニューコープにさかのぼります。万能な種が胎児の体に広がり、置かれた位置ごとに作り分けられるという筋書きでした。

ただしここに、外からは確かめられない問いが残ります。前寄りの細胞が前脳になるのは、場所の指示に従っただけなのか、それとも種そのものが最初から違うのか、という問いです。

形の違う2つの種が、根を互いに逆の向きへ伸ばしている
目印の遺伝子が、2つのグループを分けた

チームは発生のいちばん早い段階までさかのぼりました。すると、のちに脳になる細胞は、その時点で2つの集団に分かれていました。

グループ目印の遺伝子育っていく先
前方神経外胚葉Otx2前脳と中脳
後方神経外胚葉Gbx2後脳

さらに後ろ側の種に光る目印をつけ、その子孫を追いかけます。生まれる直前まで追っても、光る細胞がいたのは後脳だけでした。前脳や中脳へ混ざり込んだものは見つかっていません。

同じ信号を与えたら、片方だけが従った

それでも種が別物なのか、場所に従っただけなのかは、まだ決まりません。そこでヒトの多能性幹細胞から前と後ろの種を別々に育て、両方にまったく同じ信号を浴びせています。

万能な種なら、後ろ側の種も「前脳になれ」という信号に応じて前脳へ向かうはずでした。

与えた信号前側の種の反応後ろ側の種の反応
前脳になれ(目印はLHX2)約95%0.5%(200個に1個)
中脳になれ(目印はEN1)目印を出した1%に届かない
後脳になれ(目印はMAFB)1.6%(後脳の道)

同じ指示を受けても行き先が変わらないのだから、種そのものが別物だったことになります。

違いは、育て始めて2日目のDNAに出ていた

では、なぜ後ろ側の種は従わないのでしょうか。まず2種類の種を混ぜて同じ皿で育てても、それぞれ元の行き先へ育ちます。隣にいる細胞の影響では、向きが変わらなかったわけです。

そこでチームは、細胞のDNAを調べました。DNAは、これから使う部分がゆるめて開かれ、使わない部分は固く巻かれています。その開き方が、幹細胞から育て始めてわずか2日目で、前側と後ろ側とで違っていました。

神経細胞ができあがるまでには数週間から数カ月かかるのに、前と後ろの分かれ目は最初の2日で書き込まれていたことになります。

5億年以上前から、2つの種は分かれていた

この分かれ方はサルやニワトリ、ゼブラフィッシュの胚でも見つかり、ギボシムシにもありました。私たちとの共通祖先は約5億5,000万年から6億年前の生き物です。率いたカイル・ロー氏は、進化が別々の神経系を寄せ集めた可能性を示すと語りました。

そしてこの発見は、実験室での細胞づくりにも使われました。後ろ側の種から育て始めれば、飲み込みを動かす後脳の運動神経の細胞ができるのです。ALSなどで衰えるこの細胞を、皿の上で調べられます。

1つのシャーレの中で2つの神経の網が境界で接しながら絡み合っていない
まとめ
  • スタンフォード大学などの研究が2026年9月18日、脳の前側と後ろ側が別々の細胞から育つと発表した
  • 1952年から、脳は1種類の万能な種から育つと考えられてきた
  • 発生の早い段階で、目印の遺伝子がOtx2のグループとGbx2のグループに分かれていた
  • 決め手は同じ信号を与える実験。「前脳になれ」に前側の種は約95%が従い、後ろ側の種は0.5%しか従わなかった
  • 混ぜて育てても行き先は変わらず、育て始めて2日目にはDNAの開き方が前と後ろで違っていた
  • サルやニワトリ、ギボシムシでも同じ分かれ方がある。共通祖先は約5億5,000万年から6億年前
  • 後ろ側の種を出発点にして、作りにくかった後脳の運動神経の細胞を作れるようになった

決め手になったのは、2種類の種に同じ信号を与える実験でした。前脳になれという信号に、前寄りの種は約95%が従い、後ろ寄りの種は0.5%しか従いません。その違いは育て始めて2日目のDNAの開き方に出ていて、場所の指示ではなく種そのものに刻まれていました。