量子コンピューターを「宇宙」で初めて動かすことに成功 - ナゾロジー

スマホで撮りためた写真をまとめて送ろうとしたら、送信中のバーがなかなか進まず、画面の前でじっと待たされてしまいました。 実は、地球のまわりを回る人工衛星も、これとよく似た悩みを長年抱えてきました。 そこでウィーン大学のフィリップ・ヴァルター氏が率いる物理学者のチームは、光の粒を使って計算する小さな量子コンピューターを作…

人工衛星が撮った地球の写真は、すぐには地上に届きません。アメリカ航空宇宙局(NASA)の山火事の情報でも、撮ってから届くまで最大1時間ほどかかることがあります。
そこで、衛星の上でデータを処理してしまう案が研究されています。ウィーン大学などのチームは、光の粒である光子を使って計算する装置を小さな衛星に載せ、宇宙で動かしました。結果は、専門家の審査を受ける前の論文として公開されています。では、衛星の上で量子の計算をすると、何がうれしいのでしょうか。

そもそも光子とは、光を作っている小さな粒のこと

光は波のように広がりますが、それ以上分けられない小さな粒の集まりでもあります。その粒が光子です。このように、それ以上分けられない小さな単位を量子と呼び、光子は量子の一つの例です。光子を1個ずつ扱い、そのふるまいを生かすやり方を、ここでは量子の計算と呼びます。

もう一つ大事な言葉が、干渉です。波と波が重なると、山と山では強め合い、山と谷では打ち消し合います。この重なりのことを干渉と呼びます。たとえるなら、池に石を2つ投げたとき、波紋が重なって高くなる所と静かな所ができるようなものです。光も波のようにふるまうので、干渉を起こします。

衛星の上で処理できれば、写真を送るまでの待ち時間が減る

地球を観測する衛星は、地上へ送れる速さを超えてデータを集めます。そのため、送り終わるまでに待ち時間が生まれるのです。衛星の上で処理してしまえば、この遅れを減らせます。撮ったものをそのまま送らず、必要な結果だけを小さくまとめて送れるのも利点です。

ただし衛星に載せる装置は、大きさも重さも、使える電力も限られています。しかも宇宙では、放射線を浴び、暑さと寒さをくり返し、まわりは真空です。そのため、宇宙の環境に合った道具が探されています。

光の回路は干渉を使うので、通り道では電力を使わない

その候補の一つが、光の回路です。光の通り道が分かれては合流する、網の目のような作りです。合流する所で干渉が起き、光がどの出口からどれだけ出るかが決まります。分かれ方は、通り道を小さなヒーターで温めて書き換える仕組みです。

入口から入れる光の強さを問題の数字とし、分かれ方に解き方の手順を組み込んでおきます。すると、どこからどれだけ光が出るかが、答えを表します。この仕組みが得意なのは、たくさんの掛け算と足し算をまとめてこなすことです。AIが答えを出すときの中心になる作業の多くも、この形をしています。光は通り道を進むだけで答えを形づくるので、その途中では電力を使いません。小さく軽く作れて、揺れや暑さ寒さに強いことも、衛星に向いている点です。

さらに、同じ回路でも、入れる光によってできることが変わります。ふつうの光を入れると、設定どおりの掛け算と足し算を1回こなすだけです。一方、見分けのつかない光子を1個ずつ入れると、話が変わります。それぞれの光子がどこから出てくるかには、たくさんの組み合わせがあるからです。組み合わせは光子や通り道が増えるほど急に増え、扱える計算の幅もそれだけ広がります。大きさと電力が決まっている衛星にとっては、同じ装置のままできることを広げられる点が魅力です。

小さなガラスのチップの中に刻まれた細い光の通り道を、2つの光の点が並んで進んでいく様子
見分けのつかない光子をそろえるのは、宇宙では難しい

見分けがつかないとは、2つの光子が、次の3点ですべてそろっていることです。3点とは、波の長さ(光の色を決めるもの)、光の波が揺れる向き、届く時刻を指します。少しでも違いがあると、干渉は弱くなってしまいます。ところが衛星は、まず打ち上げの強い揺れと衝撃をくぐり抜けなければなりません。軌道に入ってからも、日なたと地球の影を短い間隔で行き来し、温度が上下し続けます。

また、宇宙の放射線は、光子を数えるセンサーを傷め、雑音を増やします。なお、積んだセンサーのうち、打ち上げのあとに使えたのは半分だけでした。光子を1個ずつ扱う技術は、宇宙ではこれまで暗号の通信や基礎の実験に使われてきました。しかし、問題を解くために使った例はまだなかった、と論文は書いています。

結晶の温度を調べて、光子2個がそろったことを確かめた

この装置は、レーザーで結晶を照らし、光子を2個ずつ生み出すしくみです。生まれた2つの光子は、揺れる向きが違います。そこで光ファイバーの向きを回して取り付け、2つの揺れる向きを同じにそろえる作りです。届く時刻のずれは、光の通り道の長さを変えて合わせます。残る波の長さをそろえる鍵は、結晶の温度です。結晶をある温度に保つと、2つの波の長さもそろいます。

では、本当にそろったことは、どうすれば確かめられるのでしょうか。手がかりは、見分けのつかない2つの光子が同時に合流点へ入ると、そろって同じ出口へ出ていく性質です。出口にはそれぞれセンサーがあり、届いた光子を数えています。光子がそろって同じ側へ出ると、2つの出口で1個ずつ同時に見つかる回数が減ります。チームは結晶の温度を少しずつ変えながら、この回数を数えました。すると、ある一点の近くで回数が落ち込みました。回数が落ち込んだのは、そこで2つの光子がそろい、干渉が起きた印です。落ち込んだ点は、地上で測った値とも一致しています。

夜側の地球の上空を漂う箱形の衛星の装置と、遠くの地平線に細く光る太陽の縁
太陽の光は雑音になるので、地球の影にいる間だけ測った

日なたでは太陽の光が雑音になり、光が多すぎてセンサーが正しく数えられなくなるおそれもありました。そこでチームは、衛星が地球の影に入っている間だけ測りました。落ち込みの深さは、ふつうの光ではここまで深く落ち込まない、という基準を超えています。つまり、光子ならではの印が出たということです。ただし測定の誤差はまだ大きく、落ち込みが出たのは、測った3日のうち2日でした。

今回の実験は光子2個の干渉までで、写真の処理はこれから

扱ったのは2個の光子と、小さなチップです。何かを速く解いたわけでも、撮った画像を扱ったわけでもありません。今回示したのは、その土台になる干渉を、宇宙で起こせるということです。

では、光子を使うこの方法は、衛星の写真のどんな処理に役立つのでしょうか。論文がめざすのは、写っているものを種類ごとに見分けたり、データを小さくまとめたりする処理を、光の回路でこなすことです。光子を使って画像を仕分ける実験は、地上ではすでに行われています。ただ、衛星の小さなチップに画像のデータをどう載せるかは、まだ決まっていません。

もう一つの課題は、答えを出すのに要る長い時間、この干渉を保つことです。放射線で光子を数え取る力が弱まり、レーザーの出力も時間とともに下がっていくからです。

まとめ
  • 衛星の写真は地上に届くまで最大1時間ほどかかることがあり、衛星の上で処理する案が研究されている
  • 光の回路は干渉を使って計算し、通り道では電力を使わない
  • 見分けのつかない光子を入れると、同じ回路で扱える計算の幅が広がる
  • チームは衛星の上で光子2個をそろえ、干渉が起きた印を確かめた
  • 写真を見分けたり小さくまとめたりするのがねらいで、写真のデータを回路に載せる方法はこれから

この記事の内容と数字は、ウィーン大学などが2026年9月21日に公開した論文(専門家の審査を受ける前のもの)によります。