The lipidomic architecture of the mouse brain | Nature

A spatial lipidomic atlas of the mouse brain reveals more than 500 biochemical territories that mirror cell types and connectivity, capture oligodendrocyte hete…

肉の脂身やサラダ油の「あぶら」の仲間は、じつは脳の中にもたくさんあります。水分を抜いた脳の重さのうち、大半を占めるのが脂質(あぶらの仲間)です。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のチームは、マウスの脳のどこにどんな脂質があるかを細かく測りました。できあがった3Dの地図は、脳を539の区域に塗り分けています。
では、脳のあぶらの地図を作ると、何がわかるのでしょうか。

そもそも脳の脂質は細胞を包む薄い膜の材料

体の細胞はどれも、とても薄い膜に包まれていて、その膜の主な材料が脂質です。ここでいう脂質は料理の油そのものではなく、膜を形づくるタイプが中心です。
脳の神経細胞は、本体から長い電線のような軸索を伸ばし、ほかの細胞へ信号を送っています。その軸索も、信号を受け渡すつなぎ目も、外側は脂質の膜でできているのです。

さらに軸索の多くは、脂質を多く含むさやで包まれています。論文によれば、脂質は信号の受け渡しや伝わり方に欠かせない成分です。
しかも脂質には多くの種類があり、脳のどこかによって組み合わせが違います。

住所で区切る地図ではなく成分で脳を塗った地図

脳の地図はこれまで、部位の名前や、細胞の中でどの遺伝子が使われているかで見分けた細胞のタイプで区切ってきました。今回の地図は、膜の材料という成分で脳を塗り分けたものです。
たとえるなら、住所で区切った町の地図に対して、土や岩の違いで塗った地質図を作ったようなものです。ただし実際には、脂質で塗った境目も、これまでの脳の大きな区分とかなりよく重なっていました。

質量分析はレーザーで分子を飛ばしてその重さを量る

まず、凍らせた脳をごく薄くスライスし、その1枚に点を打つようにレーザーを当てていきます。当たったところからは分子が飛び出し、その重さは脂質ごとに違います。
そこで重さを量れば、どの脂質がどれだけあったかがわかるのです。この測り方が質量分析です。

研究グループは11匹の脳から、720万の点を測りました。そこから172種類の脂質を見分けて、地図のもとにしています。
スライスとスライスのあいだは測っていないので、前後の値から計算で埋めて、脳全体を3Dにしました。

脂質の地図を作る流れ図。マウスの脳を薄く切り、レーザーを1点ずつ当て、飛んだ分子の重さを量って172種類の脂質の量を出し、似た組み合わせでまとめて539区域に分ける
脂質の違いで2つに割り続けると539区域になった

1つの点ごとに、172種類それぞれの量がそろっています。次に、その量のセットが似ている点どうしを集めました。
やり方は、全体を2つに割り、できたそれぞれをまた2つに割る、というくり返しです。ただし、割っても脂質の差がはっきりしない場合や、まとまりが小さすぎる場合は、そこで割るのをやめます。
そのため数は2倍ずつには増えず、最後には539に分かれました。最初の分かれ目は、神経細胞が密に集まるところと、さやに包まれた軸索が多いところの境でした。

脂質の組み合わせだけで脳の位置を当てられた

この地図がただの色分けでないことは、位置当ての実験からわかります。チームは1匹目の脳のデータで、脂質の組み合わせだけから3Dの位置を答えるようにコンピューターに学ばせました。
そして学習に使っていない2匹目の脳に当てると、答えた位置から、脳の部位の境目がほぼ同じ形に浮かび上がったのです。それだけ、脳の部位ごとに脂質の組み合わせがはっきり違うということです。

一方、遺伝子の働きから、どこにどの脂質がどれだけあるかを予想しても、よく当たったのは172のうち35だけでした。
論文は、脂質の地図が遺伝子の地図とは別に測る価値のある情報だという見方を示しています。

軸索でつながった部位は同じ区域を含みやすい

遺伝子の使われ方で細胞を見分ける地図は、主に細胞の本体がある場所を写します。これに対し質量分析は膜を測るので、遠くへ伸びた軸索の先まで写るのが特徴です。
実際、539のうち106の区域には、細胞の本体が集まるかたまりと、離れた軸索の先とみられるかたまりが同居していました。

EPFLは、アレン研究所が公開している脳の配線データと照らし合わせました。2つの部位に同じ区域が含まれていた割合は、配線でつながっている組で33.8%、つながっていない組で14.8%です。
つまり、つながった部位どうしは、2倍あまりの割合で塗り分けが共通していました。ただし、配線そのものを見たわけではなく、よく知られたつながりでも共通しない例があります。

2つの部位に同じ区域が含まれていた割合の横棒グラフ。配線でつながっている組は33.8%、つながっていない組は14.8%
今回の地図はマウスの脳で人の脳はこれから

今回測った脳は、マウスのものだけです。人の脳でも同じように塗り分けられるかは、この研究ではまだ確かめていません。
それでも、質量分析が1点ずつ膜の材料を読むからこそ、細胞の本体と遠くの軸索の先がひとまとまりに浮かび上がりました。細胞のタイプで塗る地図では見えにくい脳のつながりの手がかりが、脂質の地図に残っていたのです。

まとめ
  • EPFLのチームは質量分析でマウスの脳の720万の点を測り、172種類の脂質の量を読んだ
  • 似た組み合わせを2つに割り続けると、脳は539に塗り分けられた
  • 軸索の先まで写るので、配線でつながった離れた部位に同じ区域が出やすい
  • 調べたのはマウスの脳で、人の脳はこれから

この記事の内容と数字は、EPFLなどのチームが2026年9月23日に科学誌Natureで公開した論文によります。
地図は公開サイト「Lipid Brain Atlas Explorer」(英語、パソコン向け)でも見られます。2026年10月15日に開き、色分けと3Dの画面が動くことを確かめました。